2014年4月25日金曜日

丘の上の静かな桜

僕が棲むまちと田園を隔てて、少し奥まった集落がある。ため池の畔に家々が集まったところで、なんとものどかな風景に惹かれていた。

ある日、散歩というか歩いて調べたい事柄があったので、この集落を訪れてみた。

ため池を囲むような車道を少し歩くと、目の前が丘になっていて大きなしだれ桜の樹が目立つ。お堂か何かがあるようだった。登り口に当たる階段脇の案内板にはここが古刹であること、信濃百番札所のひとつであったことなどが記されていた。



現在でも地形図にはお寺マークが記載されているが、訪れてみると古びたお堂が建つのみ。石灯籠、馬頭観音、墓地、そして堂宇の両脇のしだれ桜。ただし東側の樹は枯れてしまったのか伐られている。



ちょうど梅が満開で、桜のつぼみが膨らみはじめる頃だった。 うわあ、こんな立派なしだれ桜が左右に在ったら、凄い眺めだろうな。いや、一本でも花を咲かせた姿を眺めてみたいものだなあ。そんな印象を抱いた。


開花はまもなく時期を迎え、朝の出勤前に寄ってみることにした。

そりゃあ、凄いものだった。丘を登りながら、鳥肌が立つほどだった。

美ヶ原の南、扉峠のあたりから顔を出したお陽さまの光が、橙味がかった色合いに風景を染め上げていた。その光の中で、一本だけのしだれ桜は圧倒的な存在感で丘に君臨していた。風は絶え音も消え、ただ光の塊のような樹がそこに在った。


僕は数分感、腑抜けのように樹を見上げていた。そして十回めの「うわあ」という己の声でようやく写真を撮るというアイディアに辿り着いた。写真を撮りながら、あたりには誰も居ないことに気付く。時刻が早いためか、集落の人の姿もない。そうか、だからこんなにも静かなんだ






二日後。僕はめずらしく飲みに出かける。書斎でThe Specialsなんかを聴きながらの「部屋飲み」は毎夜のことだけど、外に出るのは年に数回もない。この夜は誘われて、松本城の国宝の天守閣を眺めながらぶらぶら歩いて、酒席に向っていた。





















天守閣には投光器が向けられていた。お堀端の満開のソメイヨシノにも、ライトアップ。夜桜を眺めに集った大勢の人々は、天守閣と頭上の桜を交互に眺めながら、盛んにフラッシュを焚いている。うわ賑やかだねここはお祭り騒ぎだね.... 




帰路。

それほど酔ってはいなかったので、またぶらぶらと街角の花を眺めながら歩く。深夜の路上には人影もなく、信号機の光だけが時間は止まっていないと教えてくれた。お祭り騒ぎのようなお城の桜も良かったけど、あの丘の上の一本のしだれ桜には、かなわない。どちらがどうという訳ではないけれど、音も風も絶え果てた丘の上で静かに咲いていたしだれ桜が、この春に出会えた最もうつくしい体験のひとつになるだろうと思った。









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