2015年9月24日木曜日

明神岳主稜を行く


平成27年9月19日。僕はJと上高地に入った。

山へ向う人々で混み合ったバスから吐き出されて、山靴の音が響く梓川の畔に立つ。川霧の向こうには、明日登る穂高と明神がそびえている。何度も見慣れた風景ながら、息を飲むような稜線の眺めに高揚感を覚える。「槍隊放題」のJとは何度も山を共にした岳友で、この春の北穂でもパーティーを組んでいる。

僕らはまず、小梨平の一角に天幕を張った。身軽になると、ガチャと行動装備だけを背に中畠沢に入る。中畠沢というのは六百山に向うバリエーションルートがある沢で、河童橋の公衆トイレの脇から登る。ここで、ルートファインディングの「勘」を取り戻しながら、半日をガラ場、塩っぱいトラバース、痩せ尾根の登り下りに遊ぶ。





中畠沢のガラ場。こんなところを這い登って六百山に向うルートが着けられている。残雪期にでも訪ねてみたいものだ。





翌未明。02時にスタートし岳沢の道に入る。真っ暗な中をヘッデンで歩いたものだから、例の「岳沢七番」標識を見落としてしまい、少し戻る羽目に。

おっそろしく急な尾根を登る。はじめは笹を引っ掴み、標高2,000mを超えてくると木の根を掴む。樹林の上には夜空があるはずだ。ジュピターか、時おり見える星を仰いで、高度を稼ぐ。明るみかけた頃、トラロープ/フィックスが張られたナイフリッジを通過。稜線が近づくと、傾斜がいくらか緩み、ようやく直立歩行ができるようになる。以前に餓鬼岳の登りで悪態をついたことがあるが、あんなの可愛いもんだ。





フィックス帯を抜けると、稜線に朝の光。テンションが上がる。





上高地は雲海の下。樹林越しに山々が姿を現す。





やっとの思いで稜線に出る。もうすぐV峰の台地。台地では前穂から縦走してきたパーティーとすれ違う。






西穂側に投影された明神稜線のシルエットが美しい。





08時15分、明神岳V峰に立つ。かのシモンのピッケルが、我々を迎えてくれた。
知る由もないが、このシモンにはどんな逸話があるのだろう。





これを絶景と言わずして何と言う。目の前に六百山と霞沢岳。その奥には御嶽が噴煙を上げ、乗鞍が鎮まる。手前には焼岳の山肌が荒々しい。この右手には白山も見えていた。






V峰からIV峰(右)、III峰(中央)。





V峰下降中に眺める、V峰台地と明神主稜上部、そして眼下の上高地。あの場所から急な尾根を這い登ってきたのだと突きつけられる訳で、こりゃあため息も出るの。





IV峰の登りでV峰を振り返る。正面には徳本峠、さらに僕が「北ア深南部」と呼んでいる山域の小嵩沢山が見えている。





稜線に立つJ。視線の先には、彼が愛してやまない奥西の稜線、そして奥穂南稜とトリコニー。写真左に見えているのがIII峰たち。





IV峰北の小コルから稜線の眺め。左のIII峰は岳沢側を巻くが、II峰と主峰は山頂を踏む。踏むと言っても尖った岩だったりで、触るが正しい。






ここでルートミス。III峰のトラバースみちで誤ったルートに引き込まれてしまったのだ。数日前の大雨のせいだろう、草付などに水が流れた後が残されていて、これが踏み跡と紛らわしい。この懸念は前日の中畠沢で確認済みだったにもかかわらず、僕らはロストした。岩の表面に残された「山靴による擦れ」を拾ってきたつもりが、このザマだ。





それでも、ふたりであっちだ、こっちじゃないと突破可能なバンドやルンゼを探りながら、やがて正しいルートに復帰。今回の核心部、それはルートファインディングに尽きる。






II峰への登りはそれほど悪くなく、難なくピークへ至る。すぐに現れた下降支点があるが、これはスルーして奥にあるという支点を探しに行く。岳沢側に少し降りて巻くと、探し物は見つかった。ここへ40mのロープをセットして懸垂下降の準備。Jはバケツだが僕は馴れたシモンのエイト環を使う。


真昼の懸垂下降、1ピッチ目のJ。このピッチは40mロープでいっぱいいっぱいだった。







主峰の登りからII峰を振り返る。





吊り尾根が近づいてきたぞ。





明神東稜、ラクダのコルの上にテン場発見。なお、奥又白の池も見えていて、テント数張りを数えた。





西穂側の風景、ここは日本アルプスだ。





12時半、明神主峰。前穂のピークと我がホーム常念を眺める。一週間前に大福をお供えしに行った横通岳も。





主峰ピークのJ。今日も雲の上までやって来た。





主峰直下。クライムダウンを終えてガラ場を少し下り、振り返る。Jも降りてくる。





奥明神沢のコルのひとつ手前のコルから、主峰、II峰。ここを超えてきたのだ。





13時半、奥明神沢のコル。振り返る、ここのクライムダウンが嫌だった。上から眺めた時、降り立つと予想された場所が狭いコルで、特に稜線の東側が急傾斜で落ちている。心理的に塩っぱかったのだ。実際には、フィックスロープのある岳沢側に寄った地点に下降している。ただしロープはボロボロ。





下又白谷に落ちる東側はすごい角度だ。





さて、今回最後のピーク、前穂高岳山頂への登り。まだまだあるぞ。





だいぶ疲れてきた。ここで明神東稜を登ってきたパーティーに先行してもらう。ここからが、長い。





前穂ピーク直下、吊り尾根を眺める。吊り尾根の向こうに涸沢岳と北穂。

連休でどこも混み合っていたのだろうが、僕らが今回のルートで出会ったのは4人だけ。もちろん前穂ピークや下りの一般道にはたくさんのハイカーの姿があったが、バリエーション区間では4人だけだ。本当に静かな山行ができたとしみじみ。





そして前穂山頂へ。15時、振り返る明神の稜線にガスが巻く。





大切な儀式だ。大福を山の神さまにお供えし、すばらしい山の時間に感謝を捧げる。ありがとうございます、とくぐもった呻きを漏らしながら、むしゃむしゃ。





北尾根では複数パーティーが行動中。やはり混み合っていたようだ。





前穂ピークに別れを告げよう。





西穂稜線にもガスが巻いたり消えたり。





紀美子平から明神の稜線。これを越えてきたかと思うと、うむ。





16時すぎ、岳沢パノラマにて。おっし、見えてる岳沢小屋まで降りるのだ。明るいうちに小屋まで降りれば大丈夫。なあに、ステップやハシゴが設置された道はありがたい。





もう岳沢小屋近く。たった一日で、季節の目盛りがひとつ動いたような気がする。





鉄バシゴ ロープも要らぬ ありがたや





ぴょんぴょん飛び跳ねながら高度を下げてきたが、ふと見上げると、稜線には暮色が近づいてきている。コブ尾根の夕照に、ため息。





トリコニーよ。今日一日を見守ってくれていた。





岳沢小屋近くにて、暮れゆく穂高を仰ぐ。
この美しい時間、すばらしい体験を共にしてくれたJと肩を並べながら、小梨平のベースへと急ぐ。夕色は夜の帳へと移ろい、漆黒の闇に包まれて歩く。河童橋を渡り返したのは、とっぷりと暮れた18時50分だった。





五千尺の売店で買い求めたプレミアム・モルツ。





山を下りる日。
穂高は三日とも晴れてくれた。山の神さま、ありがとうございました。


上高地BTでJとハグを交わし、握手を交わし、近い再会を約し、さらばと云う。Jの背中を見送ると、この小さな山旅は、いま終わったんだな、と感じられた。

混んだバスに揺られ、新島々で電車に乗り換える。田園はやがて見慣れた町並みに変わる。やがて電車は、僕の住むまちの駅に着いた。





松本駅。いつも利用する市内の路線バスに乗り換え、近所でウイスキーとツマミを買って帰宅する。いつものように庭に回り、装備を解きながら山靴とテントを洗う。洗濯機にウエアを放り込んで、書斎でひとり乾杯。




Jよ、最高の時間を、ありがとう!









【追記】 真冬の美ヶ原から眺めた穂高の写真があったのでここに貼っておく。なお画像はAdobeの「自動レベル補正」処理が施されている。書き込みは筆者。





7 件のコメント:

  1. マスノスケ2015年9月24日 14:58

    おお、本格的。なんか、素敵な予感が。

    返信削除
    返信
    1. アラスカの兄貴!
      ご声援いただき有り難うございます。
      でもですねえ、速いパーティーは10時間で回っちゃうんです、ここ。
      自分等がこれだけかかったのは、取り付きの見落としで戻ってる、とか
      稜線上のトラバースでルートミス、とかそういう小さなタイムロスの積み重ねなんですなあ。
      今回は晴れて風もなかったので良しとしますが、天候急変などあった場合に
      タイムロスが致命的なダメージにつながったかもしれません(そうなったと思います)。
      もっと体力つけて勘を養って、ロープさばきなんかも取り戻して、
      そしてまた行きますわww

      次回も、ご期待くださいまし。

      削除
  2. キャー! あんな壁登ったんですかー!
    もう、完全に山屋に復帰ですね。おめでとうございます♪

    返信削除
    返信
    1. いやあ団長。昨年のケガとかまあいろいろ、このところずっとぬるい山歩きばかりでしたからね。
      ものっそ反省すること多くてですね。下山後は、手応えとか達成感とかが嬉しかったんですが
      こうして写真とか気持ちとか整理しますと、ヤバかったんですよきっと。
      上のアラスカの兄貴にも書きましたが、もっと速く登れないと駄目ですね。
      そんなこんなで、ちょっとプロテイン買いに行ってきますわ。

      削除
  3. マスノスケ2015年9月27日 1:05

    すごい、すごい。登りたい。そんな技術と体力ないけど。
    行動時間18時間ですか?写真も最高、自分が登ってるような錯覚でしたよ!!

    返信削除
  4. イマさん、素敵な3日間を有り難う御座いました。供に17時間歩いたあの稜線を私は忘れない。

    返信削除
    返信
    1. J. こちらこそ、ありがとうでした。
      もう2週間経ったとは思えない生々しさで、岩のひんやりした感触、
      稜線の風の穏やかさ、そしてパノラミックなビジュアルなんかを
      思い返しているところです。

      最高を共に! 

      ほんに、これに尽きます。感謝!

      削除