2015年10月14日水曜日

大天井稜線


平成27年10月12日、一ノ沢から常念乗越を経て大天井岳を往復。

山は冬の装いを始め、秋とは名残りばかりだ。忙しい季節の移ろいの、ほんの淡いグラデーションのひとかけらを眺めて触れて、感じ取ってきた一日。



真夜中のアラームで目醒め、山行きの服に着替える。隣で眠っている娘の小豆を起こさぬよう、廊下に出て支度する。パッキングは済ませてあったが、念のため装備を点検、熊鈴を確認する。だって真夜中の一ノ沢を歩くのだ。冬眠前の捕食に夢中になってる黒い坊やたちと鉢合わせなんて、勘弁して欲しい。台所で湯漬け飯を立ったまま喰らい、02時にカブのエンジンをスタート、03時には一ノ沢口で歩き始めていた。03時45分大滝ベンチ、04時05分烏帽子沢、04時30分笠原、05時45分最終水場。途中で夜明けを迎え、06時30分常念乗越。




朝日に美しい横通岳(右のピーク)。ひと月前に、僕は同じこの場所から横通岳に向った。大天井を目指したがあまりの強風に怯んで断念、悔しさをにじませて横通山頂に寄ったのだ。今日は巻いてさらに北へ、先月行けなかった大天井へ向う。




南側は常念岳ピーク。てっぺんに向って登る小屋泊まりのハイカーの行列が見えている。前日は荒れた天気だった。みんなはどうやって登ってきたのだろう。




穂高に視線を巡らせる。九月に訪のうた明神前穂の稜線はガスの中、V峰がわずかに見えている。この後は穂高も槍も、隠れたままだった。




安曇野は雲海の下。八ヶ岳は好天に恵まれたようだ。




ひと月前ほどではないが、風が強い。シェルのフロントジッパーのつまみが水平に流れている。





横通岳東方稜線。顕著なピークの烏帽子(右)と大滝(左)が並ぶ。この稜線に道は無く、残雪期にわずかな可能性で歩くことが出来る。しかし僕には、いまだこの両ピークを踏めずにいる。遠く彼方には浅間山。


僕が大好きな場所、東天井のカールが見えてきた。はたして本当に圏谷なのか。冬、安曇野から見上げるとたっぷりの雪を抱いているし、何よりもこの中に立つと圏谷としか思えないほどなめらかな地形だ。でも一ノ俣の谷に落ち込んでいる斜面にモレーンのような堆積物はなさそうだ。どうなんだろう。

以前にここへ来たとき、僕は槍からの下山中だった。一ノ沢口へ急いでいたものだから、ゆっくりと過ごす余裕無く、通り過ぎている。今回は少しゆっくりと過ごそう。




東天井岳の肩、上の写真では左側のコルになったところだ、ここで中山(2492.1m)へと続く尾根を乗り越す。この尾根には、古い時代に道があったようで、いまでもハイマツの中に道型が見えている。





カールの真ん中辺りに座り込んで、横通と常念を眺める。ふたつとも、なかなか凛々しい。何時間でもこうしていたいが、先もある。ケツを上げて北へ向おう。





これはほぼ同じアングルの2011年撮影。






途中、大正年間に築かれたらしい岩室の残骸(ビバーク好適!)を過ぎて、稜線はなおも大天井へと続く。




この稜線は、気持ちがいい。ガスが取れれば槍穂を眺め、常念を振り返り、後立山を遠望できる。ガスがあっても、こんなに気持ちがいい。





2011年の夏に撮影。





大天井が近づいてくると、山道のそこここに雪が見られた。前日の霙(みぞれ)まじりの雪がそのまま凍り付いたようだ。




大天荘と大天井岳ピークが見えてきた。おっと、燕方面はガスが巻いてる。




何度も振り返る常念。




09時30分、大天井岳山頂。










山頂三角点と歩いてきた稜線、その向こうに常念。






さて大切な儀式だ。
山の神さまにお供えを差し上げる。大福が三段なのには深い訳がある。ひとつめには、今年何度も北アの稜線に来ることが出来たことへの感謝が込められている。ふたつめには、きょう、こうして大天井岳に続く稜線を歩けたことへの感謝。そして三段めには、今年もう一度ぐらい、新雪を載せた北アの稜線でパフパフさせてくださいお願いしますという祈りが込められているのだ。





今日のお供えはこれ。大福教会美女部tamaさんお墨付きのくるみ大福。これを差し上げると山の神さまがぐふふふふふふとお喜びになるだけでなく、お下がりを頂くおいらも「うめええええ」となる。






西岳に続く稜線。その先には東鎌尾根とお槍さまがあるのだけれど、お槍さまには今年、大福をお供えしていない。だからご機嫌斜めでガスが取れない。






湯俣方向を眺める。高瀬ダム湖がわずかに見えた。






こちら、稜線に見えているのは燕岳に続く縦走路。





山頂を後にして戻りかけていると、北側の稜線の様子が見えた。北燕岳、燕山頂、燕山荘、ケンズリ、餓鬼岳。





南側の空は、こんなにも青い。





ハイマツの色、匂いともに好きなのだ。今年何回、この匂いを嗅げただろうか。四月の常念岳から数えて七回目だ。そしてもう一、二回ぐらいは.... お供え大福の効き目やいかに。





東天井カールまで戻ってきた。またケツを据えてぼんやりしよう。
いいなあ、この縦走路。














横通の山腹から。常念小屋はもう近い。






僕が住んでいる場所を眺める。

日常に戻れば、今いるこの稜線を仰ぎながら「あの場所に居たのだ」と思うのだろう。だから僕は稜線のそこかしこ、山頂や尾根に魂の欠片をおいてくる。山に居た記憶を生々しい手触りみたいなかたちで残してくるのだ。







常念小屋まで戻ってきた。そういえばあと数年で、常念小屋開設百周年。
背中の荷物はMILLETのジョリイ22というパックに詰めた。履くことはなかったが、サレワの12本爪クロモリアイゼンも入ってる。





ハンワグのクラックセイフティーを履いてきた。山から降りたらソールの張り替えに出そう。






笠原にて。朝は真っ暗で見えなかった風景。色彩の乏しさ、この寂寥感たるやもう。






秋の深さ、冬の近さ。






うん、むせび泣きたくなる。





落葉のトレイル。秋の日のビオロンの....






山の神さままじでありがとうございました。
今年もう一回か二回か、稜線の風の音と冷たさと、口の中で融ける粉雪の味わいをお願いいたします。結構本気でお願いしています。